主張

病気になることは悪いことじゃない、人生を良くするための試練だ

左精索静脈瘤っていう病気を診断された。

簡単に言うと、悪化していくと子供が作れない体になる病気らしい。

幸い、「重症じゃないから、とりあえず様子見で大丈夫。薬を飲みながら、もし痛みが強くなるようであればまた病院に来てください」って病院の先生に言われた。

かれこれしばらく左の金玉に違和感があって、何もないだろうけどガンとかだったら最悪だし、日々気になるのもストレスだから安心を買いに病院に行ってきたらまさかの病気の診断。

まぁ、落ち込んだわ。

命に関わるような病気じゃなく、手術すれば治るような病気らしいから、それは不幸中の幸いかな。

でも手術が怖いわ。

自分の体を切ったり貼ったりしたくない。

ショックだったから色々聞くこと忘れたけど、悪化しないように気をつけることとかって何かあるんだろうか。

薬飲んでたら自然に治っていくんだろうか。

ネット見ても色々書いてるしよく分からんわ。

とりあえず1ヶ月分の薬もらったから、また1ヶ月後に病院に行って症状が良くなってるのか悪くなってるのか診てもらうつもり。

まぁでも症状が軽いうちに見つけられて良かったんかな。

朝5時に不意に目が覚めて、左の金玉が痛むような痛まないような感覚があって、鬱陶しいなと思いながらまどろんで、次気がついたら9時40分頃に目が覚めてた。

会社の始業時間が9時30分だから思い切り遅刻。

これでこの左の金玉のことに生活が振り回されることが本当に鬱陶しくなって、その後病院に行った結果、病気が見つかった。

なんだろうね、体が色々総動員して俺を病院に引きずり出した感じかな。

すごいね人体って。不思議。

自分の意識じゃない範囲で色んなことやってくれてるんだろうね。

結果初期の病気が見つかり、薬飲んだりしてその後治ってくれれば自分の体に感謝しないとな。

まぁ、精神的にも今だいぶマシにはなったわ。

俺の人生の教訓として、落ち込む時はとことん落ち込んだ方がいいというのがある。

精神が落ち込むとこまで落ち込めば、あとは上がってくるだけ。

落ちるスピードが遅ければ、その分上がるスピードも遅くなる。

逆に落ちるスピードが早ければ、その分上がるスピードも早いと思う。

だから病気を診断されたあとは手術の費用や痛みや恐怖のこととか子供が産めない体になって夢見ていた将来が消えてしまうこととか、あらゆるネガティブなことが頭の中に浮かびまくっていたけど、一切それらを振り払うことはせず、ただただ現実を受け止めてた。

けどそうこうするうちに、まぁ、命があるだけいいじゃないかっていう思いになり、今精神的にはだいぶマシになった。

とことん気分が落ち込んだ分、もうだいぶマシになった。

でもホント、ガンだったりとか難病で治す方法がないとかじゃなく、ちゃんと治療法があるんだから、最後はそこまで深刻に考えすぎなくてもいいなと今は思う。

それに症状が良くなる可能性だったあるし。

あー、健康ってホンマによく分からんな。

人一倍も十倍も健康に気を遣っているのにこういう病気になるなんてね。

毎日0時までにはベッドに入り7時半に起き、毎朝青汁とヤクルト飲んで、一日3食バランスに気を付けて欠かさず食べ、毎日30分ウォーキングして、最近もジムに行き始めて毎朝「伝統にんにく卵黄」っていうサプリメント飲み始めて…etc

みたいな感じで健康にはエグいぐらい気を遣ってるけど、病気になる時はなっちゃうんだな。

もちろんタバコは吸わないし酒も1週間に一回ちょっと飲むぐらい。

青汁やめたろかマジで。

青汁に効果があるっていう研究結果がどこにもなくて、とりあえず健康のためにプラシーボ効果も期待しながら飲んでるけど、やっぱ科学に基づいてないやつはなんか気持ち悪い。

まぁでも、健康をキープするためにやるだけのことはやってるし、これで病気になっても仕方がないってある意味諦めつくわ(笑)

あと、今回病気の診断を受けて、自分の人生において大事なものの輪郭がより一層くっりきしてきたなっていう実感がある。

病気になれば人生の意味や目的について心から真剣に考えるようになる。

その結果、自分の人生において本当に大切なものに気付きやすくなる。

あれがしたいとかこれが欲しいといった「欲求」と、人生で自分にとって本当に必要なもの、大切なものといった「ニーズ」は全く違うもの。

例えば会社を大きくするために家族を顧みずバリバリ働いている経営者がある時ガンの宣告を受け、治療で病院のベッドで寝ている時に毎日お見舞いに来てくれる家族の姿を見て、「俺にとって本当に大切なものは会社を大きくしたり大金を稼ぐことじゃなく、家族と一緒に過ごす何でもない日常だった」と悟ったというような感じ。

病気になったり困難なことに直面すると、こうやって「ニーズ」の輪郭が浮かび上がりやすくなると思う。

病気の真っ只中にいることは辛いことだけど、その後の人生を良くするための厳しい試練だと言い換えることもできるだろう。

だから、病気になることを悲観しすぎることはないと思う。

もちろん病気の程度にもよると思うが、それでも自分の人生にとって何が本当に大切なのかということを一瞬でも見出すことができれば、それはとてもいい人生だと言えると俺は思ってる。

病気は絶対悪じゃなく、人生を良くするための試練だと思う。

厳しいけどね。もちろん。

そうそう、それで治療費について調べていたけど、その過程で去年首相を辞任した菅義偉元総理の政策だった不妊治療の保険適用って、ものすごくありがたいことだったんだなって痛感させられた。

不妊治療ってこんなに高額だったんだって初めて知ったし、これは物凄く助かっただろうなって人はいっぱいいると思う。

その治療のおかげで子供ができ、家庭を築いていくことができるなんて、素晴らしすぎるじゃないか!!!

政治家ってこういうことなんだと思う。

「この国難を乗り切り、世界に誇れる日本を再び作っていく!」とかいう大風呂敷を広げるんじゃなく、地道に庶民の生活を一つ一つ良くしていくことが世界に誇れる日本を作ることに繋がっていくんだと思うわ。

菅さんまた総理大臣やってくれんかな。

まぁ、とりあえず病気のことは深刻にあまり考えすぎず、薬飲んだりジム行ったりしてできることをやっていこう。

手術をする時はすればいい。

その時はその時。仕方ない。

生きているんだから、1日1日精一杯自分らしく生きていこう。

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