ノウハウ

HSPの当事者が考える「生きづらさを軽くする思考法」とは?

超敏感な人、いわゆるHSPHighly Sensitive Person)と呼ばれる人たちが世の中にはいます。

僕はこのHSPというタイプの人間であり、敏感、繊細であるがゆえに、HSPの人たちが一般的に言われているような生きづらさをよく感じてきました。

繊細すぎるがゆえに、些細なことで傷付き、相手を気にして頼み事が断れなかったり、頼み事ができなかったり、周りを気にして自分の意見が言えなかったり、周りの雰囲気に神経がいちいち反応するので気疲れしたりと、こういった自分の生まれ持った性質に苦労してきました。

そして繊細であるがゆえになぜ自分はこんなに生きづらいんだろうと深く悩んでまたしんどくなるということを繰り返してきました。

お前ギター弾いたり歌ったりするし、ちょっと社交的な感じもしなくもないけどな

うーん、HSPの人は見た目必ずしも内向的ってことでもないと思う。社交的だけどHSPの人はいて、そういう人はお笑い芸人に多いんじゃないかなって個人的には思ってる。

このHSPというものはその人の性質を表す概念であり、決して病気を表すものではありません

しかし病気ではないにせよ、このHSPの人たちは生きづらさを感じながら生きていることもまた事実です。

特に、他人と協力しながら進めていかなければいけない普通の会社の仕事において、このHSPという性質はものすごく厄介だと感じます。

会社員でHSPの性質を持っている人は、どうにかしたいと思っている人も多いと思います。

実際僕もどうにかしたいと思ってきました。

そして心に関する本を色々読み、普段の生活で色々経験していく中で、僕自身、現在生きづらさによって感じる苦しさ、つらさは比較的マシになっています。

繊細なのは今も確かに繊細なのですが、それでも以前よりも生活がしやすい、仕事を進めやすいと思っています。

なぜそうなったかというと、それはこのHSPという性質を受け入れたからに他なりません。

そして、それはある種の諦めみたいなものでもあると思います。

何か起きても「まぁ、…いっか。仕方ないし」と思い、クヨクヨ悩むことも少なくなってきました。

そんな僕が、生きづらさを抱える人たちに対して、どういう風に考えて暮らしていけばいいのかという「生きづらさを軽くする思考法」を、この記事で話していこうと思います。

僕の経験が悩めるあなたの役に立てば幸いです!

受け入れるということ 〜受容の5段階〜

HSP特有の生きづらさをなくしたい、どうにかしたいというのであれば、自分が繊細、敏感な人間であるということを心から受け入れる必要があると僕は思います。

受け入れるとは簡単に言いますが、しかしどういうプロセスを辿れば受け入れにまで到ることができるのでしょうか?

心理学に「受容の5段階」という学説があるので、少しそちらを見てみたいと思います。

これは死に直面した患者の心理状態がどう変わっていくかを示したものであり、患者が医師からの死の宣告によってショックを受けてから現実を受け入れて心穏やかに最後を迎えるまでを5段階で表したものです。

詳しく見ると、こんな感じです。

受容の5段階
  1. 否認 – 「そんなのウソだ!」「信じられない!」というように大きなショックを受け、現実を否定する段階
  2. 怒り – 「なぜ自分がこんな目に遭うんだ!」という怒りを周囲に向ける段階
  3. 取引 – どうしたら救われるのかを考え始め、「神(絶対的なもの)」にすがろうとする時もある段階
  4. 抑うつ – 1〜3の段階を経てそれらが無駄であり自分の力ではどうにもできないことを知り抑うつになる段階
  5. 受容 – 病気を受け入れる段階。希望を捨てきれない場合もあるが、受容の後半に突然すべてを悟った解脱の境地が現れ、希望ともきっぱりと別れを告げ、病気の受容に至る

これを見ると、受け入れると一口に言っても、途中で色々な感情の変化があることが見て取れると思います。

僕もこのHSPの生きづらい性質を受け入れるまでにはこの「受容の5段階」のような感情の起伏がありましたね。

まぁ、僕は死に直面していたワケではなかったので神にすがろうとまではしなかったですけど。

しかし最後に受け入れることができればそれが気にならなくなり、穏やかな心を手に入れられることもまた事実です。

このプロセスは病気だけでなく失恋などにも当てはまると思いますし、僕はこれは悲しい現実を乗り越えていくための人間の普遍的な心理プロセスだと思います。

でも受け入れるまでは苦しいみたいだし、簡単なことではないんだね…。

そうだね。逆説的かもしれないけど、たくさん悩むから最終的に悩みから解放されるんだと思う。
現実から目をそむけていたらいつまで経っても解決しないしね。
僕の経験上、物事にしっかりと向き合うことで現実を受け入れていく作用が我々には備わっているんだと思う。

冒頭でも言ったようにHSPは病気ではなく、治るものでも治すものでもないので、最終的には受け入れられるかどうかが大事になってくると思います。

「この生きづらさと戦ってやる!」とか、「絶対に治してやる!」と思うのではなく、受け入れていく方向性で自分の性質を眺めた方が良いと僕は思います

実際僕も自分のこの性質を最終的に受け入れたことで、生きづらさはかなり緩和されました。

しかし受け入れの過程で、自分では受け入れたと思っていても心の奥底では受け入れることができていなくて結局また苦しみ、そしてまた受け入れたと思っても実際はそうではなく……ということを何度も繰り返して、やっと最後に「もういいや、諦めた」という感じで僕は受け入れることができました。

草タイプのポケモンは水タイプには強いが炎タイプには弱い

生きづらさを感じているHSPの人たちは、HSPの長所の部分に目を向けるようにする必要があると思います

現在生きづらさを感じているのは、HSPの負の遺産ばかりを見ているからだと思います。

しかし実際はHSPであることは悪いことばかりではなく、ちゃんと良い面もあるので、そこに目を向けて自分の性質をポジティブに捉えられるようになってくると次第にHSPの悪い部分も気にならなくなってくると思います。

例えばHSPは繊細な分、他の人が気付かないことに気付ける高い共感力で相手の気持ちを汲み取ることができます

他にも、物事を深く感じることができるため、普通の喜びも人一倍喜びを感じることができたりしますし、芸術などの表現能力に優れているといった特徴を持っていることもあります。

持ち前の勘の鋭さを武器として仕事に活かすことで自分の評価を上げることもできるかもしれないですし、高い共感力や周りの空気をいち早く察知する力を使って周囲のメンバーをサポートすることもできると思いますし、実はHSPの人って集団では重宝される存在なんじゃないかなと僕は思います。

すごいじゃんHSPの人って!
なんか特殊能力を持ってるみたいでカッコイイね!

手から魔法が出るってワケじゃないけど、でも十分すごい能力を持ってるんだな

本人が生きづらさを感じてるだけで、持ち味の能力が発揮できれば周りからは結構重宝されると思います。

つまり、繊細さは時には生きづらさになりますが、時にはその人の武器にもなるのです。

能力というものは、どこかが秀でていればその分どこかが劣っているものです。

例えば、お相撲さんが運動会に参加したとして、綱引きなら勝つでしょうが、100m走だと負けると思います。

体が大きくて力が強い分、走ることは遅くなってしまいます。

何かに特に強い分、何かに特に弱いのです。

また、大企業は人が多い分大規模な事業を展開できますが、その分意思決定のスピードが遅かったり、必要な時になかなか変化することができなかったりと、スピード感や柔軟性を欠きがちです。

一方中小企業は人が少ない分大規模な事業は展開できませんが、その代わりスピード感や柔軟性のある行動を取りやすいです。

全てのものは何かに特に強ければ、何かに特に弱いのです。

草タイプのポケモンは水タイプには強いが炎タイプには弱いのも言ってみれば一緒です

このように、物事には強みがあれば必ず弱みがあり、これはHSPのような人の性質にも同じことが言えます。

弱みがあれば同時に強みもあるのです

要はその人の持っている性質が良いか悪いかの話ではなく、その人の能力がどういうポジショニングをしているかという話なのです。

こういう得意分野を持っているため、これに対してはちょっと弱くなってしまっている」という状態なだけなのです。

なるほどな。
「犠牲なくして勝利なし」もそういうことかな?
何かを犠牲にしないと何かを得られない。
何かを得るために何かを捨てている状態ってことか

おおよそそういうことでしょうね。
他にも言い換えるならば、
「トレードオフ」
「あちらを立てればこちらが立たず」
という言い方もできるでしょうね。

能力とはコインの裏表の関係であり、強みと弱みは共存しています

なので、せっかく良い強みを持っているのに弱みの部分しか見ていないのは本当にもったいないと思うのです。

そして強みの部分に目を向け始めるようになると、自分自身を少しずつ許せるようになるというか、好きになっていき、やがて「短所の部分はまぁもういいか」と思えるようになると思います。

少なくとも僕はそうでした。

昔は自分の短所が嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、今は自分の長所が誇らしいです。

人には持って生まれた使命がある?

美輪明宏さんの言葉にこんな言葉があります。

表現する力や才能をいただくということは、「それを世の中のため、人々のために役立てろ」という天からの使命ですから、お務めを果たさなきゃいけないの。

美輪明宏

僕も、何かの才能を持って生まれた人は、その才能を世の中のために役立てるある種の「使命」のようなものがあると思います。

そしてその能力を社会に役立てることができれば、人間として本望だと思います。

幸せだと思います。

その幸せを感じるためにその能力を持って生まれてくるようなものだとも僕は思います。

だからこそ自分の欠点ばかりを見るのではなく、長所を活かして自分の才能を発揮しなければいけないと僕は思います。

また、他の人が持っていない才能を持って生まれたということは、同時に他の人が持っていないデメリットも持っているということであり、これはある意味仕方がないことではあると思います。

なので短所ばかりに目を向けるのではなく、なるべく長所に目を向けるようにしなければ、非常にもったいないと思います。

ずっと短所ばかりを見ていたら、せっかく持って生まれた良い才能を使うことなく人生は終わってしまうでしょう。

自分の強みを物事の中心に置いてそこから色々なことを考えていくことは、僕はとても重要なことだと思います。

まとめ

というわけで、繊細な僕が生きづらさをどう捉え、どう受け入れていけばいいのかということを、自身の経験に基づいて述べてきました。

結構センシティブな内容だったからちょっと意見も挟みづらかったわ……。

でもこういう問題に真正面から向き合って考えることは大事だと思いますよ!

「受容の5段階」でも見たように、最終的に受け入れる、受け入れられることを前提に、HSPという性質をポジティブに捉えていければいいと思います。

その過程で怒りや抑うつを感じることがあるかもしれません。

しかし、「受け入れる」ということはその過程で負の感情も経験するということですから、そういうものだと思ってあまり焦らず自分を追い詰めずにゆっくりと自分の性質と付き合っていければいいのではないかと思います。

そうだな。うん

というわけで、ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m

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