考察

富の再分配はなぜ必要?それは人間が人間らしく生きていくため

金持ちから金を取れ!

我々庶民からこれ以上搾取するな!

こういった声は消費税が増税される時などによく聞かれましたね。

言い方は少々過激ですが、これは富の再分配の考えから来ているものだと思います。

富の再分配とは、お金持ちの人が持っているお金を貧しい人たちにも行き渡らせるようにすることです。

例えば二人で釣りに行き、一人は3匹魚が釣れたが、もう一人は1匹も釣れなかったとして、のちほど3匹釣れた人が釣れなかった人に1匹分けてあげるような感じです。

めっちゃいい人!!

まぁ、釣りの例はあくまで例えですが、でも実際はお金持ちの人はあげたくなくても強制的に富を再分配しないといけませんよね。

そう、現在、富を再分配するためにお金持ちの人は強制的にお金を持っていかれてしまいます。

お金持ちの人からすると、

「自分で頑張って稼いだお金だから、自分で好きなように使わせてくれ!」

「努力もしていない人にあげる金なんてない!」

「どうせ多額のお金が持っていかれてしまうんだったら、最初から働く気がなくなる」

などという言い分があるでしょう。

確かに言いたいことは分かりますが、しかし僕はそれでも富の再分配は社会に絶対に必要だと思っています。

ではなぜ僕が富の再分配が必要だと思っているのか、その理由を以下で詳しく述べていきたいと思います。

この世界は究極的に言えば運ゲー

そもそも根源的な問いになりますが、

「自分で頑張って稼いだお金だから、自分で好きなように使わせてくれ!」

と言えるような成功者は、なぜ成功したのでしょうか?

忍耐強かったのでしょうか?頭が良かったのでしょうか?良い人脈を持っていたからでしょうか?

反対に、生活保護で暮らしているような人は、どうして自分でお金を稼ぐことができなかったのでしょうか?

能力が低いのでしょうか?貧しい家庭に生まれ育ったからでしょうか?

お金を持っている人とそうでない人の違いは何なのでしょうか?

僕はこう思います。

それは、運の差だと。

例えば、「お金持ちの人が頭が良かったから成功できた」という例は、頭が良いという才能を運良く持って生まれたから、その人はお金持ちになれたと言えます。

忍耐強さも、忍耐強いという性格を運良く持て生まれたからだと言えます。

良い人脈を持っていることも、社交的で良好な人間関係を築ける性格を運良く持って生まれたからだと言えます。

成功したのは、幸運にも偶然、欠点を改善しつつ目標に向かって努力し続けられるほどの根性を持っていたからだと言えます。

他方、貧しい人も、低い能力を持って生まれたという運の悪さや、貧しい家庭に生まれたという運の悪さが起因していると言えます。

つまり、とても虚しい言い方になりますが、究極的に言えば、現在お金持ちの人は、運が良かっただけだということになります。

そして、貧しい人も、運が悪かっただけです

このような宿命論的な考え方はとても虚しいとは思いますが、しかしどんな場合でも、その人が持って生まれた資質がその人の人生に絶大な影響を与えることは厳然たる事実です。

うーん、なんだか「その人の運命はすでに決まっている」とでもいうような言い方だから、私は好きじゃないなその考え方。

僕も普段はそんな考え方しないし、運命は自分の手で切り開いていくものだと思っている。
それに成功者が感じてきた苦労というもの厳然たる事実だしね。
でもやはり究極的に言えばこういう主張もできなくはないし、身体的、精神的にハンディキャップを持って生まれた人がいる一方、お金持ちの家に生まれつく人もいるなど、自分の力ではどうしようもないものに人生の方向性が決められてしまう人がたくさんいることもまた事実だと思う。

この世界は、この、自分ではどうすることもできない「運」というものに大きく支配されている以上、運良く素晴らしい素質を持って生まれ、そしてお金持ちになれた人は、運悪く貧しい状況に置かれている人を支えてあげる必要があると僕は思います。

もし仮に自分の持ち合わせていた運が悪く、全く逆の人生を歩んでいたとしたらどうでしょう?

そんな自分でコントロールしようがないもののために、一生貧困に喘いだり苦しむことは、とてもつらく悲しいことだと思います。

だから自分にもそういうリスクがあった以上、お金持ちの人は貧しい人たちを支えてあげる必要があると思います。

「俺が稼いだものは全て俺のものだ!」という姿勢は全くもってフェアではないと思います。

成功者は、「自分の力でここまで来たんだ!だから後は好き勝手させろ!」とうぬぼれてはいけないと思います。

運がなければこの世で何もできなかったのですから

年収が800万円を超えると幸福度は変わらなくなってくる?

ノーベル経済学賞を受賞したある経済学者の研究によると、「年収800万円が幸福度のピーク」だそうです。

どういうことかと言うと、いくら年収が2000万円になろうが1億円になろうが、年収が800万円の時と幸福度があまり変わらないらしいです。

まぁ、要はお金を持ちすぎてもそんなに使えないから、ある程度お金を持てばそれ以降はいくら増えようが大して変わらないということなんでしょうかね。

ということは、1億円稼いでいるお金持ちの人が例え半分持っていかれたとしても、まだ5000万円残っているので、幸福感はそんなには変わらないのではないか?と思います。

まぁ、僕はお金持ちじゃないのでその辺の感覚は正直分からないですが。。

もちろん大原則として、しっかりと働いて稼いだお金はしっかりと受け取るべきだと思います。

しかし1億円を稼いでいるような人が税金で5000万円持っていかれてもまだ手元には5000万円も残っているので、当然生活には困らないし、贅沢ができる余地も十分に残っていると思います。

むしろ年収が200万、300万レベルの人たちにその分を還元してあげた方がトータルとして社会は豊かになると思います。

我々庶民は給料が1万円増えただけでもかなり嬉しいですからね。

お金持ちの人は「やりがい」という幸せをすでに多く味わっている

人々よりもお金を持っている人は、自分の好きなことや自分の得意なこと、やりたいことを通じて人々よりお金を稼いでいるケースがほとんどではないかと思います。

天から与えられた能力を通じて自分の得意なこと、好きなこと、やりたいことに継続的に打ち込んでいかなければそんな大金を稼ぐことはできないと思います。

僕の知り合いや著名人などを見ていても、お金を稼いでいる人は自分の好きなこと、得意なこと、やりたいことをやっている人だなと感じます。

そういう人たちを見ていると僕は、成功者にそこまでのお金は必要ないと感じます。

もちろん高い車を買ったり、良い家に住んだりと贅沢をする権利はあると思います。

自分で稼いだお金を自由に使う権利を彼らは持っています。

しかしお金持ちの人たちは自分の好きなこと、得意なこと、やりたいことをやることによってお金と同時にやりがい」という何にも変えがたい幸福感を味わっていることも事実だと思います。

要は何が言いたいかというと、お金持ちの人は仕事を通じて「お金」と「やりがい」の二つの幸福を味わっているんだから、お金とやりがいをあまり感じていないような多くの一般の庶民と比べると、人生の幸福感に偏りがあるフェアではないなと僕は思います。

やりがいを感じながら毎日充実して暮らせているのであれば、そこまで贅沢する必要もないのではないかと感じます。

それだったら僕は、お金とやりがいを享受している人のお金を少し貧しい人たちの生活を底上げする分に回してあげることが幸福感の不公平さを取り除くという点では重要なことだと思います。

犯罪の発生を抑えられる

貧困と犯罪は結びついています。

人は貧困に陥ると犯罪に走る可能性が高くなってしまいます

また、貧困家庭は虐待をする確率も高くなってしまい、このように貧困が拡大していけば、社会不安はどんどん拡大してしまうでしょう。

僕は以前、かなり心が貧しくなっていた時期があるため、心まで貧しくなった人が犯罪に手を染めてしまう人の気持ちが理解できます。

悪いことをしてしまった人にも、やはり何かしらの事情があったのでしょうね。
もちろん社会的にいけないことをしているので肯定はできないのですが。

状況次第で人は誰でも犯罪に手を染めてしまう可能性があるのね……。

過去の歴史的にも、貧困に陥った人が増えると窃盗などの事件が増えて社会の治安が悪化していったため、貧困問題を解決するために社会保障の制度をスタートさせていったという経緯があります。

当然と言えば当然で、食べるものに困った人は、最後は他人の食べ物を盗むしかないからです。

なので、富を再分配し、明日の生活に困るような人を少なくしていくことで社会の治安が安定していくという側面があるため、富の再分配は治安の良い豊かな社会にとって必要だと言えると思います。

また、貧しい人を支えることが、結局はお金持ちの人の命を守ることにも繋がるでしょう。

フランス革命では貧しい市民たちが最終的には国王を処刑してしまいました

まぁ、これは少々極端な例かもしれませんが、しかし人間追い詰められると何をするか分かりません

富の再分配を行うことで、庶民の生活およびお金持ちの人の生活を守り、社会を安定させるのです。

社会がより豊かになっていくために必要

この社会にはセーフティネットと呼ばれるものがあり、例えば、「起業したが会社が倒産してしまい借金まみれだ」というような人も、それで人生が終わりというわけではなく、自己破産をしてさらに生活保護を受給して食いつなぐということができます。

富の再分配が行われ、生活に困る人にもお金が行き渡るような現在の日本に住んでいる限り、餓死してしまうということはまずないんですね。

ダンボールで生活している人たちが、昼間から酒を飲んだりパチンコ行ったりしてるの見たことあるしな

餓死することがないって、よくよく考えると恵まれた環境ですよね。

このように、個人個人が安心して暮らせる環境、思い切って挑戦できる環境が整っていることは、経済が成長していく上で重要になってくると思います。

もしチャレンジしても失敗すれば死に直結するような状況であれば、チャレンジする人は極端に少なくなるでしょう

富の再分配を唱えるある経済学者も、「最低限度の生存が保証されてこそ、長期的な計画・行動・チャレンジが可能となる。これが成長を支えるための再配分政策の必要性である」と主張しており、やはり失敗しても死ぬことはないと思えることで思い切ったチャレンジができますし、そのチャレンジの結果新たなサービスが生まれ、我々社会全体の生活がもっと豊かになっていくのであれば、富を再分配することはとても有意義だと言えるでしょう。

経済を成長させ、より豊かな社会を目指すためにも、富の再分配によるセーフティネット構築は社会に必要だと思います。

まとめ

ここまで富の再分配がなぜ必要なのかについて、僕の考えを述べてきました。

富の再分配は、人間が人間らしく生きていくために必要であると言い換えることもできると僕は思います。

貧困によって犯罪や自殺を極力個人に選択させることがなく、生まれ持った才能や環境によらず、個人個人ができるだけフェアに生きていくために、富の再分配は社会に必要だと思います。

もし私がとても貧しく生まれ、その一方世間ではお金持ちばかりがいい思いをしてたら、もう、ホント、嫌になっちゃう

まぁ、人間って、自分がつらい状況なのに他人が幸せそうにしているのを見ると腹が立って仕方ない生き物だしな

ふむ、それはよく分かります…。

一人一人がフェアに、そして人間らしく生きていくことができる社会が良い社会だと僕は思います

ちなみに僕は決してお金持ちを糾弾したいワケではないので、そこは誤解してないでください(笑)

社会にお金持ちの存在は必要ですし、僕もお金持ちになりたい野心があって日頃から色々やっているので、別にお金持ちのことは1ミリも否定していないです。

とまぁ、こんな感じで「富の再分配」というお堅い感じの内容でしたが、ここまで長々とお付き合いくださり、ありがとうございましたm(_ _)m

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