主張

【成功の法則】この世はいかに他人の役に立てるかが勝負だ!

「人生で大きく成功したい!」

「この世の中で自分が生きた証を残したい!」

「必ず名を上げ、莫大な富を築いてやる!」

こういった野心を持つ人は世の中にたくさんいると思います。

僕もそのうちの一人です。

そしてこういった種類の人たちがいなければ新しいイノベーションも生まれないし、世の中は発展していかないので、こういう野心を持った人にはどんどん出てきてもらいたいとも思っています。

その一方で、お金を稼ぐことを正面から主張すると、何か「いやらしい」とか「汚い」といった印象を持たれることが一般的だと思います。

しかし僕は思います。ガンガン金を稼いで札束の風呂に毎日入るような暮らしをして何が悪い?と。

僕自身も生活に何不自由することなく買いたい物がいつでも買え、良い感じで贅沢もできるぐらい金が欲しいと思っています。

やっぱアンタ人間性悪い気がする!前からしてたけど!

いや、俺はいいと思うぞ正直で。俺だって金はたくさん欲しいからな

正直お金がありすぎると人間性が歪みそうなイメージがあるので、ほどほどに、少し生活に余裕が生まれそうなくらいでお金は持っていたいなと思いますね…。

欲しい金額の差はあれど、みんなお金は欲しいと思っているでしょう。

そして実際にたくさんのお金を稼げるか稼げないかは、結局はその人がどれくらい世間の役に立ったのかどうかで決まってくると思います。

現実問題として成功するかどうかには様々な要素が絡んでくると思いますが、しかし根本的な成功の法則は至ってシンプルだと思います。

では僕が成功やお金についてどう考えているのか、世間の役に立つ人間とはどういうことかなどについてこれから喋っていきたいと思います!

人間は他人と協力しながら生きていくように進化した生物

人間は一人で生きていくことができません。

食事をする時もどこかの農家の人が育てたものを食べますし、生活に必要な電気水道ガスもそれを専門的に扱う人たちが管理していますし、今見ているPCやスマホもテクノロジー企業に所属している人たちが作り、そして面白いアプリやWebサイトなどのコンテンツもどこかの開発者たちが作っています。

このように、僕たち人間は他人と影響し合って生きています

というか色々なことが便利になった今の社会では一人で生きていくことは物理的にも不可能です。

大昔はと言うと、人類も小さな集団で暮らしていた時期がありましたが、その後、我々の先祖は徐々に大きな集団を作って暮らし始めるようになりました。

それは、少数で生きていくより大きな集団で生きていった方が自分たちが生き残れる確率が高くなるからです。

敵から身を守るために見張り役を立てたり、敵が来ても一人ではなく集団で応戦した方が当然生き残りやすくなります。

このように集団を形成して他人と協力しながら生きていくことが、現在までの人類発展の重要な土台になりました。

事実として過去を振り返ると、人間は集団を形成することで生き残れたという反面、人間は一人で生きていくことができなかったとも言えますね。集団を形成しなければ生き残れなかった。

ひとりぼっちの時に寂しさ、つらさを感じるのは脳に「他人と一緒にいなさい」って言われているようなものなのかもね…。

他人と一緒に暮らすことで生きてきた人間の性なんだろうなそれは

お金を稼いだということは誰かの役に立ったという証

そして他人と依存しながら生きてきた人類は、人類をより発展させるために画期的なシステムを作りました!

いや、「作りました!」と言っても意図的にそういう風に進化したのか結果的に偶然そうなったのか分かりませんが、とりあえず、人間社会では他人の役に立った人が栄えて周りから称賛されるような原理原則、システムが形成されています

お金持ちの人はたくさん世の中の役に立っているという原理原則で世の中は動いています。

どういうことかというと、例えばAppleは今や生活に欠かすことのできないスマートフォンを作り、人々の暮らしを格段に便利にしました。

これは、Appleは人々の暮らしの役に立ったということです。

そしてその結果多くの人々はAppleにお金を払い、Appleは大金持ちの超大企業になりました。

人々が「欲しい!」と思うような素晴らしい物を提供した、つまりたくさんの人々の役に立ったから、Appleはここまで大きく栄えたのです

Appleの例からも分かる通り、誰かの役に立ったからその対価としてお金を貰っているのであり、お金を稼ぐということの本質的な意味は、誰かの役に立つことであるとも言えます。

美味しい料理店が栄えるのも、人々をより高いレベルで満足させられる、つまり人々の役に立っているからであり、夏場に飲料水を売る会社の売り上げが伸びるのは人々の水分を取りたい欲求に応えたから、つまり人々の役に立ってたからです。

このように、世の中で大きく成功したいのであれば、人々の役に立つことを考えなければいけません

なので僕は「金を稼ぎたい!」と正面から言う人がいても「いやらしい」とか「汚い」なんて思いません。

お金を稼ぐということは誰かの役に立つということであり、素晴らしいことだからです。(誰かを騙して金を稼ぐなどの悪いやり方は別として)

他人の役に立ち社会を発展させた人がお金を稼いで周りから称賛されるというこの人間社会の相互依存システムはホントうまく出来てるよなぁって感心します。

江戸幕府を開いた徳川家康もこのような言葉を残していますね。
「最も多くの人間を喜ばせたものが、最も大きく栄える」と。

なんか他人の役に立つなんて小恥ずかしくて言えなかったけど、徳川家康が言ってるんだったら俺も言えそう

うん、私ももっとお金稼ごう!だんだん金持ちになりたくなってきたわ!

相手に施した善意の裏には冷静な計算が隠れている?

ちなみに誰かの役に立った時に「ありがとう」と言われることもよくあると思います。

一般的には物を買った時の感謝の対価としてお金が支払われますが、例えば道でとっさに人助けをした時にも「ありがとう」と言われる機会があると思います。

しかしもし人助けをしても相手から「ありがとう」と言われなければ「なぜあいつはありがとうの一言も言えないんだ!」とムカついてくると思います。

これは、相手に助けを与えたのに相手から何も貰っていないから、言い換えると相手に物を売ったのにお金を貰っていないようなものであり、こちらが与えた物と相手から貰った物が釣り合っていないから不公平感を感じて腹が立つのではないかと僕は思います。

「ありがとう」という言葉は相手に何かをしてあげた時に貰う一種の対価であり、こちらとしては相手に何かをしてあげっぱなしのままだと脳が損得を計算して必ず損の感情が返ってきてしまうから、相手から「ありがとう」という対価をもらうことによって相手にしてあげた行為について感情の折り合いをつけられるようにしていったんじゃないかなと思います。

相手に無償の善意を施したと思っていても、脳は裏で冷静に損得の計算をしていると思います。

相手に無償の善意を施したと自分では思っていても、感謝の態度を微塵も感じなければ誰だってムカつくと思います。

このように我々の間では常に冷静な計算が働いており、もし人助けをしても損をしないようにこうやってお互いにうまく影響し合っているんだと思います。

以前電車で席を譲った時に「当たり前だろ!」みたいな態度を取ってきたババアがいてマジでクソ腹立ったな。こんなやつに席譲る必要なんてなかったわと思ったね

でもそんな人は結局周りから感謝されず、慕われずに寂しく生きていくんだろうなと思いますね。まさに自業自得と言いますか、やはり周りに与える影響によってその人の人生が決まってくるんでしょうね。良くも悪くも。

私はそんなおばあちゃんにはなりたくないわ…。気を付けなきゃね私も…。

まとめ

以上ここまで成功とお金の関係などについて話してきました!

なんだか偉そうに色々言っていますが、僕自身過去にしばらく独りよがりな活動をしていて、そしてようやくこの記事に書いてあるようなことに気付かされたんですね^^;

なので何か少しでも大きな目標を掲げている人たちの参考にでもなればいいかなと思ってこの記事を書きました。

なんだよ、ということは結局それも打算かよ。こういう記事を書いてその人たちの役に立ってお前が金儲けしたいっていう

うるせー!そう思うんだったら勝手に思っとけ!外野から人を笑うことしかできない能無し野郎が!

なんだとこの下心ギター野郎が!もういっぺん言ってみろ!張り倒すぞ!

もう!やめなさいよ!みっともない!

……収拾がつかなくなってきたので、今日はこの辺でおしまいとさせていただきます…。
えー、読んでくださりありがとうございました!
ハハハハハハ……

〜おしまい〜 \(^o^)/

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